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私が競技者でいる理由(3)

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(2)からのつづきです。

自分との向き合い方が少し見え始めてからは、
何をする!と、決めつけて行動しないで
その日の体調に合わせ、無理をしないことにしました。

「その日の体調や気候に合わせて、出来ることをする」

これは運動を始めて、
考え方が変化したことの一つです。

それと同時に変化した事。

それは、
『過去の自分と現在進行形の自分は違う』
という事を自覚した事。


始めたばかりの頃は、若いころの自分に囚われ、
過去の栄光を引きずったまま
「あ~あんな感じね・・・」
などと、他者を軽くあしらう傾向にありました。

試合で強い人を見かけると
「大学までやって来たのだからできて当然」
だとか、

「できる環境の仕事をしてきたのでしょう?」
とか…

全て、相手をねたむ事しか口にしていなかった。

「私のような仕事は、運動をする暇なんてないから!」

そんな言い訳ばかりを口にして、
やらない理由を言い続けていたように思う。

そんな卑怯なスポーツマンになりつつあった。

たぶんその人達は、
出来る環境を自ら望んで作ってきたのだろう。
どんなに忙しくとも、
頭の片隅には行動するイメージを持って
やってきた人達だ。
だから今があるのだろう。

そんな人達を私は軽んじてきた。
そして自分のこととなると、「仕方ない・・・」と
言い訳ばかり。

運動を通じて
自分の情けなさを知る事となりました。

確かに昔の自分なら簡単に出来た事が、
今の自分には逆立ちしても出来ないのだから…
(いや、逆立ちさえ出来ないから)




これは仕事も、あらゆることも同じ。

有名な人・お金持ちの人・カッコいい人。
全てに理由がある。

なのに、

付き合っている人が有名人だから。とか
いいスポンサーが付いたんだね。とか
暇があるんだね。とか。

生まれながらの素質でしょ?
運がいいだけじゃん!

とかとか。
言い出したらキリがないけど、
そんな訳ないよね?

まあ、生まれながらの『天才』は
たしかにいる。

でもそれは極稀な話で、
たいがいの人に才能は無いと思う。

では何故差が出るのか?


この年になって感じるのは
才能が無いなら「積み上げる」しかない。
ということ。

毎日を積み上げ、
誰にも崩すことが出来な
自分になるしかない。

そう痛く感じます。

才能が無い私は、
人の何倍の努力をしても
まあまあの月並み以下・・・

それでもやり続けなければ
腹の出た ただのオヤジ。
せめて嫌われないオヤジでいたいもんです。笑

「努力」なんてカッコいいこと
私にはできません。
でも、習慣なら変えられるかもしれない。

周囲を巻き込み、
迷惑を掛けてまでやるほどでもないし、
そもそも それほど大した競技者でもない。

だったら人知れず、知られない時間にやろう!

そうして「自分時間」を探しました。

誰にも迷惑を掛けず、
誰からも邪魔されない時間。
そして一日の中で一番元気な時間。

それが夜型人間から
朝型人間への変更でした・・・

つづく


December.20.2018 店主 
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