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No.49 サインもらえば良かったー

Posted by Cafe Bleu on   0 

こんにちは。店主です。
このコーナーでは、私が「へそまがり美容師」になるまでの
紆余曲折などを綴っています。

興味のある方はお暇な時にでも読んでみてくださいね。
(そういうのいいや・・・って方は遠慮なくスルーしてください。) 

最初から読みたくなった方は「もくじ」からどうぞ。




No.48からのつづきです。

初の「海外ロケ」から帰った私は、意気揚々としていました。
気持ちが大きくなったと言うか、「有頂天」になっていました(笑)


まったく単純な男です。


そんな私でしたが、仕事も順調に入ってきて
メジャーな仕事を獲得していくのですが、

私自身そんな気はまったく無くて、
「楽しい仕事がしたい!」それしかありませんでした。

ギャラが高くて規制が厳しいものより
ギャラが安くても、楽しい仕事のほうが したかったのです。

でも「生活」があるしね・・・

そんな感じでした。

それでも、
自分が試されるような「背伸びした」仕事は、
やり甲斐があって、楽しくて仕方ありませんでした。

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毎月、必ず入るレギュラーの仕事もありました。
「小学館」CMは、ほぼレギュラーでしたし、

「丸井」の情報誌のお仕事もコンスタントに頂けていました。
(赤いカードの支払いに苦しめられてた私が!(笑))

それと、「インナーファッション」という女性の下着の月刊誌。
これは長く・・・4年も続けました。
必ず毎月撮影があったので、下着にも詳しくなりました(笑)
どうでも良い情報ですが(笑)

それと雑誌「サーフィンライフ」は
事務所のメンバーが毎月やっていたので、
その仕事にも恵まれていました。

そして、その年にやった仕事を挙げると・・・
(手帳参照)

雪印・Batsu・11PM・丸井・東京サマーランド・JCB
ヴァンテーヌ・シスター・ポパイ・コルグ・オスカープロモーション
日本生命・ダイム・ハイパーダイム・明星ヘアカタログ・BOON
ラ・プレイリー・マイペットクロス・オルビス・グリコスポロン・ブルボン・
プリンスホテルPV・コロンブス・デラべっぴん・ポッカ・三菱・京王百貨店
東武デパート・バンダイ・ピザーラ・ジャニーズ(少年隊・忍者・光GENJI)
グラビアアイドル写真集・ファッションショー・ローソン・SUZUKI・・・


作品が残っていない物がほとんどなので、
どんな仕事だったのかも思い出せないものも多いですが、
とにかく目まぐるしく働いていました。

ただ、こんなにやったのに
意外と収入は上がりませんでした。
世の中そんなもんです(笑)

でも、何となく楽しそうでしょう?


さて、仕事の内容をいちいち書いていると
異常に話が長くなるので省略していきますね。
(全部はおぼえてないし)

今回は、昔の資料を引っ張り出して見ていたら
びっくりすることがあったので、それだけ書いてみます。



DSC00448.jpg

1989年の婦人画報社(現在はハースト婦人画報社)から発行の
MEN'S CLUB版「ハウツー本」です。

今回は「ゴルフウェア」の回。
右にあるのは以前お話しした「ジーンズ」の回です。
どちらもヘアーメイクは私が担当してます。

それにしても、
やはり出版物はこうして手元に残せて良いですね。
「映像」だけだと、残っていたとしても探すの大変だもの(笑)

この本を、「なつかしいな~」
と、久々にパラパラ見てみました。



cbDSC00455_20141229162349fa5.jpg

あ、そうそう、このまん中のモデルの子、
たしか17歳って言ってたっけな。
背が高くて 笑うと愛嬌があって、すごく印象深かったんですよ・・・

私の片言の英語(単語を並べるだけ)を
ちゃんと聞いてくれて(笑)、すごく感じがいい子でした。

一緒にお昼を食べた時、「ご飯」にまでお醤油をかけちゃっててね、
「何やってんの?」って聞いたら、
「だって味が無い!」って言ってたっけな・・・(笑)

色々話しているうち、
「日本に来てみたけどギャラが少なくて大変・・・」
って、嘆いていたっけ・・・

外人モデルさんも、
決して楽な暮らしをしていたわけではないようでした。


前にもちょっと書きましたが、当時は外国人モデル全盛時代。
「モデル業」で稼ぐため、
日本には色んな国から外人さんが来ていました。

ヘアーメイクさんって、モデルさんに一番近い仕事なので
モデルが「外人」さんだったとしても、
会話で盛りたてて良い表情を引き出さないといけないのです。

英語が話せないなりに、
単語だけでも、ジェスチャー入れてでも(笑)

今まで読んで下さっていれば、もうお分かりと思いますが、
私、異常なくらい物怖じしない性格なもので
彼らとは難なく仲良くなれましたが。

(これもある種の才能だと思ってます。作品撮りでも活かされてました。)

ただ、彼らは数ヶ月間しか日本に居ないことが多いので、
再び撮影で巡り合えることは 残念ながら少なかったですね。



その子はそんな中の一人でした。

「そういえばこの子なんていう名前だったっけな???」

今更ながらクレジットに残るモデル名を見てみたら・・・・


DSC02732.jpg

あ、そうだそうだ、「CAMERON」って子だった。



DSC00456.jpg

キャメロン・・・・



DSC02739.jpg

キャメロン・・・




DSC02735.jpg

んん?キャメロン?




cameron.jpg

ええ~~~~~!

    キャメロン・ディアス~???!!!



・・・・・・・・・・・うっそぉ~~~!!!


単に似てる人なだけなんじゃない?
「キャメロン・ディアス」って日本でモデルやってたの?

と、調べてみたら、
1989年、17歳の時に日本に数カ月滞在し、
モデル業をやっていたらしい。

この本、まさに1989年の出版。
しかもキャメロンディアスが過去に所属したのは
「エリート」というモデル事務所・・・

当時の私、「エリート」所属のモデルさんとは
仕事をする機会が多かったのですよ・・・

あの背の高さ、笑うとチャーミングな大きな口・・・

・・・やっぱり本物だー。


信じられないけど、
若かりし頃の「キャメロン・ディアス」に
メイクをしてたみたいです、私。

昼飯も一緒に食べたし、
ハグも、頬に挨拶のkissもされました・・・

あちゃ~~~(笑)

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今回は、
なにげなく過去を振り返ろうと思っただけなのに、
恐ろしいものを発見してしまいました。

過去には結構メジャーな方と仕事をさせて頂いた・・・
と思っていましたが、
もしや彼女が一番の「大物」だったのかもしれませんね。

宝くじが当たってたのを、25年後に知ったかのような驚き!
「なんだ、当たってたのかよ~!」って感じです。(爆笑)


これにはホントに夫婦で爆笑でした。

カミさんにはいつも撮影の話はしていたので、
この仕事をやったこと自体は知っていましたが、
まさか こう繋がるとはね・・・

でも、このシリーズを書くことにならなければ、
一生気づくことはなかった事実かもしれませんね。

一生懸命構成したり「裏付け」を取ってくれたりしてる
カミさんには感謝です。


ま~単なる「過去」の話ですが、
お店にこの「本」はありますので、興味のある方はどうぞ。

                             つづく

                         January.04.2015 店主

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