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No.50 バブルって一体?

Posted by Cafe Bleu on   0 

こんにちは。店主です。
このコーナーでは、私が「へそまがり美容師」になるまでの
紆余曲折などを綴っています。

興味のある方はお暇な時にでも読んでみてくださいね。
(そういうのいいや・・・って方は遠慮なくスルーしてください。) 

最初から読みたくなった方は「もくじ」からどうぞ。




DSC03248.jpg

番外編 からのつづきです。

フリーになってからの仕事は順調に進み
休みもままならないぐらい 忙しく働いていました。

ただ、当時の「手帳」を見返しても
悲しくなるほど覚えていない事実がいっぱいあります。

忙しすぎたのか?
それとも「歳」のせいなのか?

自分がどうやって生きてきたかなど、
いちいち振り返らない性格ですが、
思い出そうと思っても思い出せないのは悲しい・・・(笑)


さて、私が「ヘア&メイク」の仕事をしていたのは、
80年代後半から、90年代初頭の頃・・・

そう、「バブル景気」の時代です。

この業界にも
「多額の制作費」が惜しみなく投入されていた時代です。


今考えれば、おかしい時代でした。


バブル・・・
今やその時代を知らない方のほうが多いでしょうから、

今回は私が知る
いかにもな、「バブル」をお伝えしようと思います。

テレビなんかでよく流れるバカ騒ぎって
多少は誇張してるけど、

案外本当なんですよ(笑)


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当時24歳になったばかりの私は、
とにかく毎晩「夜のお誘い」に連れ出されていました。

関係会社の方や業界人・・・

週に3~4日は誘われて、
暇さえあればお出かけの日々。

仕事が欲しいのも相まって、
誘われれば断りません!(笑)


銀座・六本木・渋谷・新宿・・・
繁華街すべて回るほど連れまわされ、

それでも次の「仕事」につながるのなら・・・
と、楽しくも無いのに馬鹿騒ぎして場を盛り上げる!

カラオケの合いの手や、
口から出まかせの褒め言葉。


でも、酒が覚めると むなしくなる・・・


それでも良かったのは、
自分の金では到底行くことが出来ない「料亭」や
「女の子」が隣に座るお店、
キャバレー・ゲイバー・ホストクラブ・・・

ありとあらゆる店に行くことが出来たのも
その頃の恩恵。

しかも、さんざん飲んで食べても、
私は 1円 も払う事がありませんでした(笑)

大概は自分が一番の年少者という事もあり、
全て「おごり」です。


7~8人の男が「居酒屋」スタートで集まり、
「キャバクラ」に行ってフルーツ盛り合わせやドンペリを飲んで、

その後にキャバクラのお姉ちゃんを従えて
次の「料亭風」の飲み屋で豪遊して、

締めのラーメン屋とか、すし屋でまた飲んで、
終いにはタクシー代まで出て・・・


さあ、
果たして「いくら」掛かっているのでしょうーか?

今思えば恐ろしい話ですが、
当時の私の財布には大概¥3,000-くらいしか
入っていませんでした(笑)

だって、金を生むためにその場に居たわけだから
金など無いですよ。

(そう上手くは回っていませんでした。)

支払える金も持たないまま、
そんな場に出向く自分・・・

相当怖いよ!(笑)

まあ、払えと言われても、どうにかなるでしょう~。
(いや、なんともならないよ。)

感覚がマヒしてましたね。


そして、すべてを支払っていただき、
タクシーに乗り込む前には「諭吉」を渡され、
おつりはお小遣い・・・・


あれ?増えてるし~(笑)


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後で聞いた話ですが
支払金額は、一晩で60~80万だったそうです。

そんなことを、
週に2~3回繰り返すほど可笑しな時代です。

キャバクラのお姉ちゃんをマンションを買って住まわせたり、
ポルシェ・フェラーリ・ランボルギーニ・ロールスロイス・・・
は、ごく普通の車でした。

そんな人、沢山いて驚きもしませんでした。

(今の時代なら、そんな高級車で現場に来た時点で
間違いなく仕事が無くなりますけどね。)



そんなバカ騒ぎが
会社の経費で落ちること自体おかしいし、

そんな付き合い、
金がなくなれば出来なくなるのにね・・・


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昼間は昼間で、暇があれば
仲良しの制作会社の社長のところに行って営業活動。

その事務所にいれば、必ず誰かが来るから
そこから仕事を貰える・・・

(おぬし、悪よの~ぉ)

雑誌の編集部にも暇さえあれば顔を出して、
とにかく「ハイエナ」の様に嗅ぎまわると
必ず何かが帰ってくる・・・

そんな時代(笑)

綱渡りどころか、綱の上を走って渡る荒業。

今思えば、危なっかしくて見ていられません。

でも、お蔭であんなに苦労した食べる物には
困らない生活が出来たのも事実です(笑)


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仕事もいっぱいしてるし、
どんどん幅も広がってきて
とりあえずはこの仕事で食えるようになりました。

毎日なんとなく楽しいけど・・・・
このまま乗っかってたほうが楽しそうだけど・・・

「ここに居るのって俺である必要ある?」

自分の中に広がる大きな違和感・・・


お金を湯水のように使う人々って・・・・・?

「俺ってああいうのを目指してるわけじゃないよなぁ・・・」


23~4歳で、世の中の「良くない仕組み」を
見過ぎちゃったのかもしれませんね。
もしや、生き急ぎ過ぎたのか?(笑)

楽しい半面、気持ちはどんどん寂しくなりました。

「ずっと こんなことやってたらダメになっちゃうかもな・・・。」


そうこうしてるうちに、
バブルは消え去りましたけどね(笑)


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崩壊して 初めて「バブル」とわかる ・・・・・・


バブル景気の真っ最中は、
誰も「これはバブルだ」なんて、知らなかったんですよね。

・・・みんな踊らされてただけでした。


あの頃 羽振りが良かった方々は
今頃どうしているのかな?


今思えば、
深みにはまる前に
徐々にそこから身を引いた自分の決断って、

当たってたのかも。

                            つづく

                           January.26.2015

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