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No.41 独立への足掛かり・・・

Posted by Cafe Bleu on   0 

こんにちは。店主です。
このコーナーでは、私が「へそまがり美容師」になるまでの
紆余曲折などを綴っています。

興味のある方はお暇な時にでも読んでみてくださいね。
(そういうのいいや・・・って方は遠慮なくスルーしてください。) 

最初から読みたくなった方は「もくじ」からどうぞ。




DSC02621.jpg

No.40 からのつづきです。

撮影の仕事って、
一般には知られてないことが多いですよね。

いつ・どこで・誰が・何を・どうしているのか?なんて、
見当がつかないものですよね。

私も足を突っ込むまでは知らないことばかりでした。


私は俗に言う「スチール撮影」と言われる「写真」撮影や、
「ムービー」と言うCMやショート・フィルムのような仕事、
映画や舞台など、

様々なところで仕事をさせていただきました。

基本「CM」をメインでやっていたので、
世に名前が出ることはありませんでしたが(笑)

ただ、
同じ世代の方なら、当時一度は見たことがあるような
CMを作る一人として動いていました。
憶えていてくれたら幸いです。

(単なる過去の栄光ですけどね、
詳しく聞きたい方はサロンのほうででも・・・)



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アシスタント時代は過酷すぎて、
何が何やら分からないまま過ごしていたように思います。

「昼」も「夜」も全く分からなくなるスタジオ撮影や、
毎日の「天候」に左右されるロケ。

ロケになるとヘアーメイクする場所などなかったし、
電源も無い場所など当たり前でした。
トイレさえない場所も度々です。

(野っ原とか海とか山とかもありましたし)

それでも与えられた仕事は
仕事として「答え」を出さなくてはいけない訳で・・・


そのお蔭で、道具や環境に左右されず、
何もない状態から作り上げる方法を学びました。

カーラーを巻いたらドライヤーが必要ですが、
電源はありません・・・

電源がなければ「カール」は出来ない?


「電気がなかったら暮らせませんよぉ~」


・・・じゃなくってね(笑)

そういう固定観念みたいなものが
「出来ない状況」を生むことも教えられました。

電源を使わずとも、カールを作る が生み出せれば
いいだけの話です。

ちなみに「師匠」が昔やったという粗っぽいやり方

なんと、車の「排気口」からチューブで排気ガスを送って
カールを作ったというのです。

おお、確かに熱は発生する!

が、それに耐えたモデルさんの方が凄いです・・・
(下手したら死にます)


「一瞬の画」を撮るための情熱たるや、
半端じゃありません。


でも、そういう経験が後に活かされるのですよね。

ちなみ私は、
出発前にあらかじめ普通のホットカーラーで巻いておいて
モデルさんにはそのまま(ロケ車で)移動してもらい、
現場でカーラーを取ってセットしてしてました。

最初はクルクルですが、
何カットも撮るうちに(大概は1カットでは終わりません)
カールは徐々に落ちてきます。

でも その都度いい感じになるように作っていき・・・
最後はストレートに近い状態になる。

一人のモデルさんが何度も美味しい・・・
みたいな戦法です(笑)


そんな苦労をしなくてもいいように、
使い捨てのホットカラーや(重くて使い物にならなかった)
ガス式のアイロンやら電池充電式のホットカーラーなんかが
後に出てきました。

今や「車」で充電が出来たりする時代ですもんね。
便利になったものです。



昔の現場は、

今のように整えられた環境ではなく、
全ての場面が「未開」でした。
切り開くために様々な知恵が必要でした。

今だったら、笑っちゃうくらいくらい簡単なことでも
簡単には出来ない時代でした。

・・・でも、それが意外と楽しかったし、
「良き学びの場」だったのかもしれません。


現代は、色んなものが便利になりましたが、
あの時代を(もっと前を)生きた人たちが、、、

切り開いたレールの上
歩いているにすぎないように感じています。

時間とともに、
それが物凄く古いもののように感じられ、笑われ、
いつか消え去りますが、

「原点」は変わりません。
今、それを実感をしています。

そういう経験が、いつか物を言う気がしてます。

時代は繰り返されるのです。


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アシスタント時代の仕事は、
得る物は大きかったですが、過酷な仕事ばかりでした。

実は私、
1年足らずでその事務所を辞めました。

突然です。

未熟な青二才が、
全く前も見えない状況で 独り立ちを選んだのです。
そう、「フリー」の道を選びました。

展開が早過ぎますよね?
何を考えてそうしたのかは いまだに思い出せません。

たぶん、

いつもの若気の至り、
「行き当たりばったり」な性格が出たのでしょう(笑)


さあ、これからどうしよう・・・・


途方にくれてたその頃です。
最初に勤めた店の「先輩」から突然連絡が入りました。

「オレの事務所に遊びに来い!」と言うので、
遊びに行ったのですが・・・

そこからトントン拍子で、
先輩が所属する「事務所」にお世話になることになったのです。

この先輩、
私を散々連れまわした先輩です。
あの平気で遅刻してくる先輩・・・


どこで繋がるか分からない と思いました(笑)


先輩もヘアーメイクになりたくて
私より一足先に店を辞め、
すでにヘアーメイクの仕事を始めていました。

先輩が所属する事務所というのは、
「スタイリスト」さんが始めた事務所らしく、
他にも数名の「フリー」の方々が在籍していました。

首謀のスタイリストさん(男性)の他に
スタイリスト(男性)、
メークアップアーティスト(女性)
ヘア&メイク(先輩・男性)

が所属していました。

前の事務所と違って、
誰かが「師匠」とかいうのでは無く、
カッコ良く言うと「クリエーターオフィス」?(笑)

それぞれがそれぞれの仕事をしてました。

先輩がそこに勝手に、私を引き入れたのです。


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先輩の「勝手」なところは相変わらずです。
変わっていません・・・

でも有難い事でした。

そこに所属していた方々とは今でもお付き合いがありますが、
今やそれぞれが、その業界の「重鎮」となり活躍しています。

今でも名前は雑誌やメディアなどで拝見しますし、
今も尊敬する方々です。

・・・30年もその道一筋でやってる方々ですから、
そりゃ~凄いですよ。


めまぐるしく動く時間に翻弄されながらも、
少しずつ前に進もうとしていた私、

「運」も味方につけ、すごい勢いで前に進み始めました。

必ず何かを掴む!そう思って頑張っていたことは
無駄ではなかったのかもしれません。

本当にそう思います・・・

                              つづく


DSC02624.jpg

ちなみに、お店の時計は当時 事務所を一緒にさせていただいた
女性メークアップアーティストの方から「開店祝い」にと頂いたものです。

メイク好きな方ならご存知かもしれませんね。
結構有名な方だったりします(笑)

事務所時代は色々と教わり、公私ともにお世話になりました。
奇跡のような時間をありがとうございました。


                               December.17.2014 店主

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