OUR FAVOURITE SHOP

No.39 作品撮りへの道

Posted by Cafe Bleu on   0 

こんにちは。店主です。
このコーナーでは、私が「へそまがり美容師」になるまでの
紆余曲折などを綴っています。

興味のある方はお暇な時にでも読んでみてくださいね。
(そういうのいいや・・・って方は遠慮なくスルーしてください。) 

最初から読みたくなった方は「もくじ」からどうぞ。




DSC02611.jpg

No.38 からのつづきです。

前回お話ししたように
撮影現場は過酷を極める現場なのですが、
それでも「休み」はもらえました。

今考えると、考えられない日数ですが
月に2~4日程度でしょうか?

午前中だけの場合もありましたし、
午後だけの場合もありました。

仕事が仕事ですので仕方ないですね・・・


そんな中、
私は勉強もしなくてはいけないので、必死にやりました。



「撮影」の勉強です。


ん? ・・・意味が分かりませんよね?


私は既に独立を目指していたので、
個人撮影の勉強をしていました。

ただ、「撮影」と言っても、
ヘアメイクの私一人で出来る訳でもないので、
協力者が必要です。

ヘアメイクの他に、「カメラマン」、「スタイリスト」、「モデル」は
最低限必要です。


------------------------------------------------------

・・・実は「師匠」に同行する撮影現場には
必ずと言っていいほど、カメラマン・アシスタントや、
スタイリスト・アシスタントがいました。

私と同じような立場の人達です。

みな、今後独立するために、自分の力を試したいのです。
「これが私の仕事です!」という作品を作りたいのです。

師匠の仕事を手伝ったくらいでは、
「自分の作品」とは言えませんからね・・・・(笑)


私は、撮影現場で出会ったアシスタントの面々に何気に声をかけ、
連絡先を交換し、後日会う約束をしました。
(携帯電話とか無い時代ですからね)

そうして
何度かプライベートで会うようになり、
いつしか「撮影」話で盛り上がり・・・・

「よし、納得のいくものを作ろうよ!」ということになり、

お互いに、やりたいことを とことん話し合い、
納得がいくまでやり取りするのです。

そこで妥協すれば良い作品は出来ないから、
とにかくやりあうのです。

アシスタントの自分たちに出来る事なんて
本当にわずかなことだけど、

3人集まればなんとかなる・・・って。


-----------------------------------------

そして撮影の具体案が出来上がり、
その作品に合う「モデル」さんを探すのですが・・・

「モデル事務所」に出向いて探しても、
自分たちに見合うモデルが見つかりません・・・

当時はモデル事務所も少なかったし、
気軽に頼める個人撮影の専門モデルなんて
今みたいに存在していませんでしたから。


だからと言って、
普通のモデルさんなんて、とてもじゃないけど
「ギャラ」が高くて頼めない・・・(全部自腹だもの)


そして
辿り着いたのは、「外人」モデルさん。

当時(80年代)って、外人モデルのニーズがすごく高かったので、
日本に稼ぎに来てる子が多かったのですよ。

(今は何を見てもタレント全盛の時代ですが、昔は雑誌もCMも
外人モデルが多かったのです。西洋への憧れが強い時代でしたよね。)


そういう子って、日本に初めて来る場合が多かったので、
宣材写真(売り出すための営業活動に使われる写真) さえ
まだ無い状態だったので、そこを狙いました。

「カッコいい宣材写真を撮ってあげるよ」っていう理由で、
なんとか割安に依頼したのでした・・・

・・・今となっては そんなアバウトな依頼
受けてもらえないんでしょうけどね(笑)

これでモデル問題はクリア。


--------------------------------------

あとは、衣装と撮影場所。

衣装に関しては、
スタイリストさんがいるので問題ないのですが、

それでもやはり足りない場合があり、
メーカーさんにお願いして貸し出ししてもらう事もありました。

その場合も、
仲よくなった友達や知り合いのプレスの方にお願いして
伝手(つて)を使って借り出してもらうのです。

まさに綱渡り的なことはよくやりました。

そんな調子で、洋服メーカーさんの知り合いも多くなり
おのずと詳しくなりました。

最後に撮影場所ですが・・・

これはカメラマンの伝手で、
スタジオを無償で借りることが出来ました。

カメラマンは当時、
大体の人がスタジオ・アシスタントから始まる人が
ほとんどでしたので、スタジオに顔が利くのです。

空いている時間だったら使っていいよ・・・ってな感じで。
こんなの今では ホントにありえませんよね。

さて、これで最高の条件が揃いました。


-----------------------------------------------

みんなを誘ってから3か月。
やっと本番の日を迎えました。

ずいぶん長く掛かりましたが、
それぞれが忙しい中で、よく辿り着きました。

(そうして撮ったのが一番上の写真)


そして

その後もその人達とは撮影を重ねることになり、
何回も何回もトライして、いい作品が完成しました。


そんなことを続けるうちに、
師匠の撮影で仲良くなった売れっ子モデルさんにまで
協力してもらえるようになりました。

(撮影の勉強をしているって話をすると、
 興味を持ってくれる子が多かったのです。)



------------------------------------------

今でこそ、サロンなどでも「撮影」をするのは
珍しくありませんが、

この頃はまだ「走り」の時代・・・

何もかもが大変でした。



後には、メンバーのスケジュール調整から、
モデル調達、時には衣装も手配しました。 
私ひとりで(笑)

しかもその後、
カメラマンに影響され、写真まで自分で撮るように
なってしまいました。

何でも自分でやらないと納得しない性格らしく・・・
どうしようもないですね。

(おかげで、お客様の写真を可愛く撮る腕がつきました(笑))



何もかもに「線路」が引かれていない時代でした。

自分で線路を作らなくてはいけなくて、
その線路は誰も理解してくれない・・・

まず、
誠実に話すこと。

時間はかかりますが、何度も何度も足を運べば
理解してくれる人は必ずいるものです。

あの当時、いっしょに頑張ってくれた仲間がいたことは
「ありがたい」としか言えません。



・・・そして1年足らずで写真はファイル一冊分になり、
「未来」を切り開くための 大きなステップになりました。

昭和のいい時代の話です。


・・・う~ん、でも、
今の時代では、あの大変さは伝わりづらいかな?

                              次に続きます・・・


DSC02618.jpg

これは、カミさんがスタイリングした回。

当時ハウスマヌカン(死語)だったので、衣装持ちの彼女には
良く協力してもらいました。

・・・衣装持ちなのは この頃から変わらんわなぁ(笑)


                           December.15.2014  


関連記事
Cafe Bleu

Lorem ipsum dolor sit amet, consectetur adipiscing elit, sed do eiusmod tempor incididunt ut labore et dolore magna aliqua. Ut enim ad minim veniam, quis nostrud exercitation.

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する