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エピソード・ゼロ 2 

Posted by Cafe Bleu on   0 

こんにちは。店主です。エピソード・ゼロ 1からのつづきです。

美容と全く関係ない単なる昔話なので、そういうのいいや・・・
って方は「マジで」スルーしてくださいね。




<記憶の中に残っているもの・・・>
                          

幼少期の頃の記憶なんて、そんなに残っていませんよね?

どちらかと言うと、今の自分からは消し去りたい記憶の方が
多いように思います。

それなのに憶えているって、相当 強烈なのだと思う…

あれは4歳ぐらいだったと思います。
そんな、かわいい盛り(笑)の頃の記憶です。


私の母は、前回書いたように「美容師」でした。

店は自宅とは別な場所にあり、
車で20~30分の場所(距離でいうと12~15kmぐらいかな?)
にありました。

店はわりと「繁華街」の中心地にあって、
自宅はそこからずいぶん離れた場所でした。

私は、住所登録がその店の住所になっていたため、
自宅付近の子とは違う街中の「幼稚園」に通っていました。 

もちろん、帰る場所も「お店」です。
(そのほうが おふくろ的にも都合がいい)

それにしても、あの頃を思い返すと凄いですよね。
4歳ぐらいの子が、たった一人で家まで帰ることが
普通だったのですから…

つくづく 「平和」でしたよね(笑)


さて、幼稚園から母の働く店に帰ると、
もちろん母は仕事をしていましたから
店が終わるまで「自宅」には帰れません。

幼稚園が終わるのが 確か昼過ぎ。
店が終わるのが夜8時。

約7時間は待っていることになりました。
最後の頃はもう眠くなっていたのも記憶にあります。

そして、母の仕事が終わって自宅に帰り、やっと夕食・・・

そんな普通じゃない日々です。

働く女性が珍しい時代。
そりゃ~近所からは良く思われませんよね(笑)

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そんな日々が続いたとき、事件が起こります。

(先に説明しておきますと…美容室の定休日は日本全国「火曜日」と思って
いる方も多いと思いますが、火曜定休は関東地方だけです。スタンダード
なのは「月曜定休」なのです。 当然、うちの実家(岩手)も月曜定休でした)



私はその日、たぶん誰かに連れられて幼稚園に行ったのでしょう、
普通に登園して、みんなとワイワイ遊んで退園時間が来ました。

いつもと同じように、「お店」までの道のりを約15~20分かけて
帰ったように思います。 

そして、忘れもしません・・・店に着いた時の事です。
その日は「月曜日」・・・そうお店はお休みです。

まあ、毎週一回あることですから、珍しいことではありません。
でも、定休日には必ずおふくろが店に来てくれていて、
一緒に自宅に帰る手筈なのですが、

なぜかその日はドアに「鍵」がかかっていて開きません・・・

・・・まあ、たまにそんな日もあります。

でもそんな時は、
大声をあげて叫べば必ずおふくろが顔を出してくれました。
だから心配もしていなかったのですが・・・

その日はいつまで経っても、「ドア」は開きません。

ずっとその場で待っていました。
でも、何分待っても、待っても、待っても、開きません。

なにごとも「待たないと」どうしようもない環境で育ってしまったため、
子供ながらに 「忍耐力」はありました。

待つこと、1~2時間。 でもやっぱり開きません。

どうしよう・・・


どうしよう・・・子供ながらに考えたことを憶えています。

もう 泣きそうでした。 
4歳の子にできる事なんて何もないです。

「途方に暮れる」とは本当にこの事です。

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よく見ると、お店の前には今日の「朝刊」が置いてありました。

・・・そう、おふくろはそこには居ない。店には来ていなかった?
なんとなくそう感じました。

そこから私がどうしたか・・・それが問題です。
そしてこの事件によって、おふくろはその「責任」をも
のすごく感じることになるのです。 今となっては、笑い話ですが・・・

時は初秋・・・4歳の私は「自宅」を目指して歩き始めました。

記憶は鮮明ではありませんが、
その時の「感情や思い」はハッキリ憶えています。

私は普段は車でしか移動したことがない道でしたが、
何となく憶えている街並みをたどって歩き始めました。

魚屋さんがある、
自転車屋さんがある、
駄菓子屋さんがある・・・

とにかく、子供が記憶していたものなので、
自分の興味があるものだけです(笑)

そこから細い道を探して曲がる・・・
今で言う「近道」を通ったのでしょう。

「なんか、道が曲がっていた気がするぞ?」
記憶を頼りにその道を探します。

陸橋みたいなところがあって、そこを下る。
そこを抜けると・・・「何も無くなる道」。

(ええ、田んぼや畑しかない道です)

その「何も無くなる道」の頃には、
うっすらと日が暮れてきたので、5時くらいになっていたのでしょう。

 ・・・それまでの所要時間、たぶんですが2時間くらい。

その道すがら小川が流れていたのですが、
その小川を見て「お風呂入りたいな~」って思ったことまで、
ハッキリと覚えているのですよ。

「お母さん・・・涙」って感じで・・・(笑)

その頃には少しずつ暗くなり始めていたので、
とにかく寂しくて寂しくて…

その記憶もハッキリあります。

知っている人は誰もいない、と言うか人影さえ無い。
車は通るけど、誰も止まる人もいない。

当時の道は、「歩道」などありません。
ましてや、車が一台通るといっぱいかな?って思う程の道幅。
トラックが通ると怖かったのも覚えています。

そこを4歳の子供がたったひとりで歩いている・・・

もうその頃には、もはや半泣きではなく
「泣きまくって」いました。

それでも 誰もいない(笑)


その後、どこをどうやって帰ったのか憶えていませんが、
とりあえず家に着きました。 

母親は・・・?

あれ?家には誰も居ません。

どうやら途中で気づいて慌てて店に行ったようなのですが、
店に行ってみたら肝心の私の姿はありません。

ただ、居たらしい「形跡」を見つけ、
そこから至る所を探しまわっていたようです。

血まなこになって探しても私は見つからない・・・

いよいよ警察に届けようか考え、
家に戻った時にやっと私の姿を見て

「ごめんなさい!ごめんなさい・・・」
と私にすがりついて泣いたのも憶えています。


それからは、「私」が忘れられることはなくなりました(笑)


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これが私が記憶している、一番古い出来事です。

あの日ひとりで歩いて帰った、あの道は今でもあります。

その道を通るたびに、
普段は忘れているはずの あの時の「心細さや寂しさ」が
ふと よみがえってきます。

・・・それぐらい、子供の頃の記憶って残るのですよね。

家に帰った時に迎える人が誰も居ないって、
子供的にはけっこうキツいのだ。

だから、自分の子供たちには
私みたいなさびしい思いをしてもらいたくなくて、
せめて子供たちが小さいうちは・・・と、

妻には「専業主婦」として家に居てもらいました。
本当は働いてもらったほうが生活は楽でしたけどね、

私が余計に働いてでも、「あの生活」はさせたくなかったのですよ。


「普通の家」への憧れ…


子供のころの記憶は、私を変えてくれました。
おふくろには申し訳ないけど、本当にそう思います。

有難うとは言えない、そんな感じです・・・


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こんなにちっちゃい子がひとりで とぼとぼと… (笑)

                              つづく

                             August.13.2014 店主

                               ※ もくじは→コチラ

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