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No.11 陸上競技とのお別れ・・・

Posted by Cafe Bleu on   0 


こんにちは。店主です。No.10からのつづきです。

私個人のつまらない昔話なので、そういうのいいや・・・
って方はスルーしてくださいね。
(最初から読みたくなった方は もくじ からどうぞ。)


cbDSC00414.jpg

話が前後しますが、
美容学校に行きながらも 少しはトレーニングをしていました。

時々、
ちょっと離れた競技場ですが、時間があれば
そこでグランドを走り、「投てき」をやっていました。

(こう見えても、高校時代はインターハイに出場するくらいの
選手だったんですよ)


うっすらの記憶の中からの話ですが、
その当時 「近くの中学生」が部活のために
よく練習に来ていました。

今思えばそれなりの進学校で、
都内でも有名高校に進学する学校の一つだったように思います。

(麻布高校にも進学するくらいのレベルですから
それ相応ですよね? ちなみに、美容室の同期に
麻布高出身者がいました。何で美容師になったんだか?)



私は訳も分からず中学生と一緒に練習していたのですが、
結局教える羽目に・・・ 

教えるのは嫌いではないし、
できれば陸上競技と言うか体を動かすことを
好きになって欲しくて

つい指導してしまう・・・

30年たった今でも
その感じは変わってないのかもしれませんね。
なんか頑張っちゃうのです。


そして夢を諦めきれず、
高校を卒業したその年の「国体予選」に
地元から出場し、敗退したことも憶えています。

高校の恩師にお願いしてエントリーしてもらい
出場したのですが、
ろくに練習もしていませんでしたから、

結果はボロボロ・・・


「大学」→「体育教師」の夢への
未練が そう簡単に消えないまま、
秋に差し掛かった頃 ・・・

事態は変わります。

(本当にこの頃、色んな事が起きました(っていうか起こしました)。
今まで書いたことが、すべて同時進行で行われているなんて、
どんだけ色々あるんだ~って話ですよね。 話が前後しているようで
意外としていなかったりするのですよ。)


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実は高校のころから「北国」なのにサーフィンをやっていまして、
東京に来ても続けてました。

(世はサーファーブームでしたしね。陸サーファーじゃなくて、
本物のサーファーだったのですよ(笑))

小田急線に乗って江の島まで・・・
なんてのが、良い息抜きだったのです。


その日は誘う人が居ず、一人で孤独に海に向かいました。

朝早くないとボードが凄く迷惑になるので、
5時過ぎには新宿に着くよう早起きし、
そこから約1時間半の旅・・・

その日は晴れたり曇ったりで、
そこそこ暑く 風も穏やかだったのですが、

波はぐちゃぐちゃ。 

それでもウエットに着替え海に向かい、
2時間ぐらいは楽しめたのですが

そこからが事件です。

疲れていたにもかかわらず、
海に入り続けたせいで体力が・・・

「これで最後」と思って乗った波は
そこそこで楽しめたのですが、

浅瀬を歩いて上がろうとしたその時です!!!

波打ち際で両方向からくる
「三角波」に足が捉えられました。

右足の外側から来た波がブレイクし、
左方向から来た波も同じようにブレイクし
「右膝」が がっちり挟まれてしまいました。 

その後すごい「激痛」に襲われたのです。

実はその一本前に、
同じ右のかかとをフィンで切ってしまい
凄く出血していたのですが、

気にせず入っていたのも影響したのでしょう。

疲れたところにその「波」と「傷」。


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早終いして電車に向かい、帰路に着いたのですが、
もう痛くて痛くて歩けない。

それでも若さですね、

なんとか家に着き、
荷物を降ろしてから高校の同級生が務める病院に向かいました。

電車で1時間は掛かる場所でしたが、
この時ばかりは、知り合いがいて本当に良かったと思いました。

その午後 遅くに診察してもらったのですが・・・

まず、かかとの「切り傷」です。
これが異常に痛くて結果4針縫う怪我でした。

傷口に入っている砂を「麻酔なし」で
掻き出されるのは痛かったー。


そのあとの「膝」の診察ですが、

先生が一言。 「切れているかも?」

えっ?何が??? それってやばいの?

そう・・・
右膝の靭帯(じんたい)が切れていたのです。 


そんでもって 緊急入院です。


身内には絶対に知られたくないけど、
荷物を取りに行かなくてはいけないから、
先生にお願いしました。

「家に帰ってもいいですか?戻ってきますので・・・」

そしたら、「じゃあまずギブスを巻こう!」ってことになり、

ギブスに松葉づえ姿で自宅に戻り、
身の回りのものを取って来て、それから1週間の「入院生活」。


誰にも言うことなく 一人で入院して一人で退院


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入院費はどうしたかって?

・・・実は卒業旅行を一人で計画していましてね、
「パリ」に行く予定で貯めていたお金が少しあったのですよ。 

(おかげで、以来「パリ」には行けてませんが(笑))

この件、
親には一切バレず何事もなかった様にしていましたが、
1か月ほど学校へはギブスで通いました。

そのおかげで右足はモデルのようにやせ細り

とうとう 陸上競技を諦めなければいけない体
なってしまいました。

(実はこの頃にはすでに喫煙を始めてしまっていたので、
ダブルパンチでもう無理ですね・・・)

結局、

靭帯も切れて、
踵も切れて、
私の人生も切れました・・・

学生が泣く泣く貯めたお金も切れました。

本当にいろいろ有りすぎた18歳の私です。
暇ないよね~・・・休む暇もない(笑)


その30年後、

今度は左膝の「半月板」を取ることになるとは
思ってもみなかったですけどね(笑)

(ま、その辺のことは→ここに書いてます。)

                            つづく

                              July.03.2014 店主
                                                                       
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