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No.1 ものがたりの始まり・・・

Posted by Cafe Bleu on   0 

新型コロナウイルスの感染拡大の中、
外出を控える方が多いと思います。


店主が「へそまがり美容師」になるまでの
紆余曲折を綴った読み物(6年ほど前に掲載)を
再掲載してみますので、
究極のヒマ潰しをお探しの方、是非どうぞ (;^ω^)


(連作なので結構長いですが、どうぞ!)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


こんにちは。店主です。

いろいろと思うことあって、自分の「過去」など振り返って
みることにしました。

私個人のつまらない昔話なので、そういうのいいや・・・
って方は スルーしてくださいね。


cbDSC01859.jpg

私が田舎(岩手)から東京に出ていったのは
1983年(昭和58年)3月のこと。

この物語?はそこからのスタートにさせていただきます。

その頃の私、

「東京にある親戚」の家には
何度か遊びに行ったことがあるので、
東京に対しての劣等感のようなものに襲われることもなく、

単なる「憧れ」だけで東京進出をしてしまいましたが、

これからずっと「一人」の生活が始まることを考えると、
何が何だか・・・と言うのが当時の本音だったでしょうか。

(少しあとに判明したのですが、
「東京の親戚」だと思っていた場所は、
実は千葉の「船橋」だったのです(爆笑) 
だって東京方面=全て「東京」でしたから。)


その当時は「新幹線」などありませんでした。
だから実家に帰るとなると、特急で約7~8時間の長旅。
「日帰り」など考えられない環境でした。

たぶん、
二度と帰らぬ「決意」のようなものを感じていたんでしょうね。

だからか、
私はいまだに「上野駅」があまり好きではありません(笑)

あの駅舎や、あの薄暗い空気感が
いまだに馴染めないというか・・・ 嫌いです。

・・・18歳の少年に、
意外と重く深い傷を残したってことかな?


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さて、
望んで出たのにも関わらず、
何でその場所がダメかという理由・・・


本当は、
その時 東京に出るつもりは全くなかったのです。(笑)


根本的問題ですが、
その当時の私は、行き当たりばったりな性格
でしたから(今もか?)、

将来のこととか、
自分がどうなるのかなんて
全く考えていませんでした。

ただ、その時は
「地元に残りたい」としか考えていなかったのに、

どうしてだか「矛盾に次ぐ矛盾」で
東京に出る羽目になってしまいました。

漠然と「陸上競技」を続けたくって、
「教師」になることを夢見ていたり、
「大学受験」を考えていたこともあったのに、

まさか
「東京の美容学校」に行くことになるとは・・・


・・・今の自分としては、
「あの頃の自分」に会って説教したいぐらいですよ(笑)。

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とにかく、
あの頃の18歳の少年は

沢山の夢と言えば聞こえがいいですけど
沢山の「欲」の塊で、

毎日が悶々としていたように思います。
(まさしく「北の国から」のような・・・・?)

なのに、いまだに「上野駅が嫌い」なんて
笑える話です。

今現在これを書いている自分が、
昔を思い出して書いていることそれ自体が、
すごく恥ずかしくもあり、懐かしくもあり・・・・

それでも今言えることは、

「やっぱり今の自分、現在進行形の現在の自分が一番。」
と言う事かな?

つじつまが合いませんが、
あの頃の自分を思い出すのはやっぱり凄く辛いんですよね・・・

本当に訳も分からず、
ただ人を傷つけ・傷つけられていただけの10代でしたから。

・・・と、歌の歌詞風にカッコよく書きましたが、
もっと言葉にできないくらい「意味不明」な時代でした。

まあ、その時代があって
「今の自分」が出来上がってるのですけどね・・・

そんなお話を少しずつ書いていこうと思います。

つづく    

June.24.2014 店主 


※つづきは→もくじでお読みくださいませ!

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